サヴィニー・レ・ボーヌにある実家のドメーヌ「Louis Chenu」を2000年に継いだキャロリーヌ・シュニュは、今日のブルゴーニュの新世代を代表するヴィニュロンヌ(女性栽培家・醸造家)です。
「ぶどうも娘も、どっちもかわいい!」というキャロリーヌは、ぶどう栽培やワイン醸造の過酷な仕事と、2人の小さい娘さん(8歳のソフィーちゃんと3歳のエルザちゃん)の育児を見事に両立させており、「毎日が本当に楽しい」といいます。
農産地であるブルゴーニュでも、過疎化が急速に進んでいます。ほとんどの若者はパリやリヨンに出て、金融機関などの大企業やIT産業への就職を希望します。後継者がいなくて廃業するドメーヌは、年々増え続けています。
そのような環境の中だからこそ、実家のドメーヌを継ぐ決断をした彼女のような才気あふれる新世代の造り手は、みんな根性が据わっています。しかしそこには、かつてのブルゴーニュのヴィニュロンたちに見られたような、農業従事者特有の悲壮感のようなものはまったく感じられず、彼ら彼女たちはむしろ、農業という仕事もひっくるめた、大自然とともにある豊かなライフスタイル自体を心から楽しんでいるように感じられます。
同世代ということもあるとは思いますが、話をしていても皆屈託がなくフレンドリーで、国籍や文化の違いすら、意識させられることはほとんどありません。着ているものも、ブランドものとかではなくみんな普段着ですが、一様におしゃれでカッコいいです。精神的な豊かさを重んじ、シンプルに美しく生きている、という印象を受けます。
そのようなライフスタイルから生まれる豊かな感性やセンス、自然体の心の構えといったものは、栽培や醸造といった仕事においても如何なく発揮され、ワインの美味しさにつながっています。2000人以上の造り手たちに会ってきましたが、これは自信をもって言えます。何事もセンス、ということだろうと思います。
「どんなスタイルのワインを造りたいですか?」という質問は、会う造り手全員にします。多い答えは、「テロワールが感じられるワイン」、「果実味にあふれたワイン」、「長期熟成できるワイン」などですが、彼ら新世代の造り手たちの答えはそれらとは異なり、しかも皆同じことを言います。
「自分が飲みたいと思うワイン」。
これは、自分自身が本当に美味しいと思えるワインを、胸を張って、心から自信を持って飲み手に紹介したい、という彼らの気持ちのあらわれです。そして、彼ら自身が飲みたいワインとは、香り豊かで、ピュアで優しい果実味をもった、エレガントなワインです。
彼らがこのような考え方をするようになったのには理由があります。
1990年代の後半から、少なくない数の従来の”有名”ドメーヌが、人によってはヴィニュロンとしての己の志や良心に反するような形で、欧米のワインジャーナリズムや巨大市場アメリカに高く評価されがちな、インパクトの強い、こってりと濃いワインをこぞって造るようになりました。
しかし2003年、イラク問題のこじれからアメリカでフランス製品の不買運動が起こり、また、この頃から、ビオロジーやスローライフへの関心の高まりと歩調を合わせる形でヨーロッパ各国で盛んになりはじめていた「エレガントなワインへの回帰」も相まって、口に含むと歯が真っ黒になるような、濃すぎるブルゴーニュワインは一気に販売苦戦に陥りました。
また、造り手自身が本当に飲みたいと思うワインのスタイルと、彼らが実際に造りジャーナリズムから極めて高い評価を受けているワインのスタイルとのあまりの乖離に、心の健康を害してしまった造り手が見られたのもこの頃でした。
ちなみに私が見聞きした限りでは、少なくともブルゴーニュのピノノワールについては、アメリカも含む主要ワイン消費各国における飲み手の嗜好が、2006年頃から、よりエレガントなスタイルのものにはっきりと変化し、今もこの変化が進んでいます。それまで濃いワインを好んでいた各国への販売に苦戦していた私たちの取引先ドメーヌも、この頃から、輸出先も販売量も急増しました。(おかげで日本への割り当てが減り、いいのか悪いのか・・・)
このような一連の出来事をつぶさに見てきた新しい世代の造り手たちが、醸造技術によってワインを凝縮させる愚を強く認識し、また、「選び抜かれた本物」と思われていたものそれこそが、実は単なる一時的な流行にすぎなかった、という本質(流行に左右されないのが「本物」の条件)を心に刻み付けた上で、地にしっかりと足をつけ、堂々と自分の良心と味覚にしたがってワインを造ろうと思うようになったことは、当然の帰結であったといえるでしょう。
2005年、生前のアンリ・ジャイエさんにお会いし、翁の話を2時間たっぷり拝聴する幸運に恵まれました。
話の終わりの方で、翁が一段と力を込めて、「新しい世代のヴィニュロンは、自分自身が飲みたいと思うワインを造るべきなのじゃ!」とおっしゃったとき、体に電流が走ったように感じました。
このブログでは、彼ら新世代の造り手たちをより身近に、より深く理解していただけるようにすることを目的として、毎年異なる造り手に異なる角度からスポットを当ててレポートしてみたいと思います。
初年度の今年は、Louis Chenuにおける栽培と醸造の1年間(残り半年間)の仕事について、キャロリーヌによる解説付きでレポートします。